hsimyu's diary

ゲームなどをします。

姉の歯ブラシを噛んだ日

今年、僕は受験生で、受験前最後の冬を迎えた。

そろそろ志望校を決めろ、と担任に言われて、ふとあの日の事を思い出した。

 

当時僕は高校生1年生になりたてで、姉は同じ高校の3年生。

昔から何かと僕の世話を焼こうとする姉で、高校に入ってからも弟くん弟くんと言いながら寄ってくるのは変わらなかった。

新入生なんだから、何があるか分からないから!と僕と毎日一緒に帰ろうとする姉。

僕はそんな姉を表面上は鬱陶しがりつつも、これからもずっと僕を構ってくれるんだろうな、と信じていたんだと思う。

 

夏になり、毎日図書館で友達と勉強してから帰ることになったからと、姉が僕と一緒に帰ろうとするのをやめた。

毎日毎日姉から逃げようとするのもいい加減疲れていたので、これは有り難かった。

その頃から少しずつ、学校で姉が僕に構う回数が減っていった。家では相変わらず「弟くん、ちゃんと歯磨いた?」「弟くん、早く宿題をやりなさい。」だったけれど。

やっと少しは弟離れしてくれたかなと嬉しく思いつつ、言いようのない寂しさを覚えてもいた。

 

冬、受験生の姉が、家に彼氏を連れてきた。

「実はね、彼と一緒の大学に行きたいの。私がいないとダメだから」

成績優秀な姉が目指すには少しランクの低い大学。だけれども、そいつの為に。

心配になるくらい弟にべったりだった姉に恋人が出来た、本当はその事を祝福しないといけなかったけれど、僕は自分でも意外なほどのショックを受けていた。

動揺を誤魔化す為に、その日はいつも以上に姉をからかった。

彼氏とのことをからかうと顔を真っ赤にして俯いてしまう姉の姿が、どうしてか心に焼き付いている。

 

それから、姉は人目を憚らずに彼氏といちゃつくようになった。

帰りはいつも一緒。二人で図書館で勉強している姿も見かけた。

「○○くん、ボタンつけたげよっか♪」「○○くん、ちゃんとプリント持ってきた?」「○○くんはほんとだらしないなあ?」○○くん○○くん○○くん。

姉が僕のことを構わなくなったのも当然で、僕の立場はそいつで置き換えられてしまった。

僕を構っていた時よりも姉は困り顔で、楽しそうで、幸せそうだった。

二人がいちゃついている姿を見たくなくて、僕は学校を休みがちになった。

 

僕が学校を休んだある日、姉が僕の部屋のドアをノックする。

「弟くん今日も休んでたみたいだけど、体調、大丈夫?」

「大丈夫だよ、単なる風邪だから。」

「そっか。あのね、○○くんも弟くんの事心配して、お見舞い持ってきてくれたんだよ。

フルーツの盛り合わせだって。ありきたりだよね。ほんと○○くんらしい。」微笑する姉。

「ああ、そうなんだ……。」

――知ってるよ。

「あとでちゃんと○○くんにお礼言おうね。じゃあ、おやすみ。」

――さっき、門の前でそいつとキスしてたよね。弟なんかに構ってる暇、ないよね。

「おやすみ。」

 

仮病で休んだはずだったのに、妙に体調が悪くて意識が朦朧としていた事を覚えている。

とにかく寝直す前に歯磨きだけはしておかないと、と向かった洗面所。

僕は姉の歯ブラシを使って、噛んで、訳も分からずに泣いた。

姉の歯ブラシの味は、覚えていない。

 

結局姉は、そいつと同じ大学へと進んだ。

今でも円満に続いており、帰省してくる度に彼を実家へ連れてくる。

○○さんはとても親しみやすい人で、僕ともほとんど同年代の友達のような付き合いをしてくれている。(「義兄さん」と呼ぶ覚悟はまだできていない。)

 

あの日、姉の歯ブラシを噛んだ日。僕は、自分の姉の事を想う気持ちに気付いてしまった。そして、気付けたからこそ、二人の関係を受け入れることが出来るようになった。

僕が姉と結ばれることはないし、許されない関係だ。世話焼きな姉が、幸せそうに世話を焼ける相手に隣に立っていてほしい。そう思えるようになった。

 

姉の歯ブラシを噛んだ日。それは、お姉ちゃんが大好きだった僕の、姉離れの日だった。